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「飛騨高山春慶会館」、41年の歴史に幕-併設直売所で在庫品セールも

41年間の歴史に幕を閉じる飛騨高山春慶会館

41年間の歴史に幕を閉じる飛騨高山春慶会館

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 飛騨高山春慶会館(高山市神田町、TEL 0577-32-3373)が7月末、41年間の歴史に幕を閉じる。

館内の様子

 同館は1973(昭和48)年開館。木材加工所を経営していた故・長瀬清さんが、工場跡を改装して自身の飛騨春慶コレクションを展示する私設資料館としてオープンした。敷地内には現役職人による春慶塗商品の直売所も併設する。

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 飛騨春慶は、今から407年前の1607(慶長12)年、時の高山城主の長兄・金森重近(宗和)に木地師・高橋善左エ門と塗師(ぬし)・成田三右エ門が共同制作の「はまぐり形盆」を献上したのが始まり。その際、茶道の名器「飛春慶」にあやかり春慶塗と命名されたという。経年使用により下地に使った天然木目の美しさが際立つよう、赤みがかった琥珀(こはく)色の透き漆(すきうるし)を塗り重ねるのが特徴。

 館内には、春慶草創期の慶長年間に飛騨で作られた茶道具や盆、職人が技を競い合った爛熟(らんじゅく)期、明治・大正時代作の重箱・椀などの日用品、マンネリズムから脱却しようと苦しみもがいた昭和初期の意欲作など200点以上が並ぶ。中には、本居宣長の弟子で「竹取物語」の注釈書執筆で知られる高山出身の国学者・田中大秀による自作の歌が書かれた「文台(ぶんだい)」も展示する。

 閉館を決めた理由は、管理する後継者不在と近年の客足の伸び悩みという。館長の沼津英夫さんは「国鉄の観光キャンペーン『ディスカバージャパン』で飛騨高山が全国から注目され始めた開館当初は、市内に今ほど娯楽施設もなく、昭和50年代は連日人波が押し寄せるなどいい時代もあった。閉館はつらいがこれも時代の流れ」と肩を落とす。

 この日、閉館の知らせを聞いて訪れたという市内在住の年配女性は「春慶塗への愛を感じる立派なコレクション。今更だが、地元民としてこれまで何もしてやれなかったというふがいなさを感じる。せめてもの償いとは言わないが、直売所で春慶塗の日用品を注文した」と話す。

 沼津さんは「春慶は美術品ではなく、使ってナンボの工芸品で消耗品。プラスチックやベークライトなどの新素材が世間にあふれるまでは、高級品から普段使いの物まで庶民の生活と共にあった。当館を見学された方、家に眠っている春慶をお持ちの方にはぜひともこの機会に、『良い物だから使うのがもったいない』と言わずに日常でどんどん使ってほしい。実際に使わないと分からない価値もある」と話す。

 「そうでないと職人も絶える。閉館は警鐘に過ぎない」とも。「木地師と塗師が二者一体で作り上げたものを客が使い倒し、エンドユーザーの目線で時にアイデアを出し発展・継承させていく。それが春慶に限らず伝統工芸品の正しい道筋だと思う。三者がバランスよく足並みをそろえない限り、職人は今も昔も生きていけない」と沼津さん。

 6月末で営業を終了するという直売所では現在、表示価格のおおむね3割引きで在庫商品を販売している。館内展示物の一部も希望者があれば販売の相談に応じるという。

 開館時間は9時~17時。入館料は、大人=300円、中高生=200円、小学生以下無料。高山市民無料(要身分証)。