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高山・居酒屋横町「東海道」の中華そば店「まいさか」、35年間の営業に幕

閉店を惜しむ常連客の客足が絶えない「まいさか」

閉店を惜しむ常連客の客足が絶えない「まいさか」

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 高山の飲食店街「高山東海道」にある中華そば店「まいさか」が1月28日、35年間の営業に幕を閉じる。

「まいさか」の塩ラーメン

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 1950(昭和25)年から続く「高山東海道」は、「日本橋」「小田原」「大磯」など東海道宿場町になぞらえた名前の居酒屋や小料理店が軒を連ねる居酒屋横町。地元民からは「東海道」の愛称で親しまれている。命名の由来は、飛騨高山の宴席の祝い歌「高山めでた」の返し歌「東海道(大津絵・高山節)」から。

 同店は1983(昭和58)年、その当時高山駅前で営業していた中華そば屋台の店主から味を引き継ぎ、同横町の一角に開店。10人も入れば満席となる小さな店内には、20~80代の幅広い年齢層の客が肩を寄せ合い、飲んだ後の「締めの一杯」を求める憩いの場として人気を集めてきた。

 同店を一人で切り盛りする中谷真弓さんは、飾らない人柄で常連客から「母ちゃん」と呼ばれ親しまれてきた。「元から『舞阪』という名の居酒屋跡をそのまま借りて妹夫婦が開いた店を、1年後ぐらいに私が引き継いだ。ある日、天井やくすんだ壁紙を貼り替えて店内をきれいにリフォームしようとしたら、お客さんに『おけよ(よせよ)、東海道はこのままがいいんやさ』と止められて…(笑)」と思い出を振り返る。

 閉店の決意を固めたのは昨年11月ごろ、「これまで一度も辞めようと思ったことはなかったが、急に足腰の調子が悪くなって限界を感じた。冠婚葬祭と風邪を引いた日以外毎日、休みなしで30年以上ずっと立ち仕事だった無理が来たのだと思う」と中谷さん。

 20年来の常連という男性客の一人は「心にしみる『おふくろの味』が食べられなくなるのは残念だが、僕の中では寂しいというよりも『勇退』。長い間続けてくれてありがとう、本当にお疲れさまでしたと心からお礼を言いたい」と話す。

 中谷さんは「店を閉めた翌日は、気が済むまで熟睡したい。誰が電話してきても絶対に出ない(笑)。2日目からは、ずっとやってみたかった『高山市中を自転車で走り回ること』を始めるつもり。これまでゆっくり話をする時間がなかったお客さんとも話してみたい。街角で見かけたら声を掛けてね」と笑顔を見せる。

 営業時間は19時~翌2時ごろまで。

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