天気予報

9

2

みん経トピックス

高山・「美術館でお茶会」飛騨御岳牧場で飛騨牛の放牧

高山の印刷会社が「活版印刷」時代の「活字」や「版画」を展示

  • 0
高山の印刷会社が「活版印刷」時代の「活字」や「版画」を展示

「活版印刷」展示コーナーと住尚三さん

写真を拡大 地図を拡大

 高山印刷(高山本町3、TEL 0577-32-2500)が5月10日から、玄関ロビーで「活版印刷」時代の思い出の備品を展示している。

昔の印刷作業所の写真

 同社は1907(明治40)年創業、高山市内で最も古い歴史を持つ印刷会社。「活版印刷」は25年ほど前まで受注していたという。正面玄関ロビーには、「活字」と呼ばれる鉛とアンチモン合金製の凸版型、挿絵に使われた金属製の版画型や作業台など、当時の印刷現場で実際に使われた備品類を展示し、かつての現場風景の一部を再現している。

 住宏夫社長は「よそから高山に戻ってきた1973(昭和48)年ごろは、『活版印刷の技術があれば一生食べていける』と言われていた時代。活版印刷機も現役バリバリで稼働していた。昔は囲み線一つ引くのにも、けい線用の直線の金属版を使用する幅に合わせて専用の工具で切り落とし、角をグラインダーで斜めに削って合わせるなど、高度な職人技が要求された。そのほかにも、活字を高速で集める達人など、すご腕の職人がたくさん活躍していた」と目を細める。

 「一つ活字を組んではバラして元の棚に戻し、また組み直す。今思えば恐ろしく手間暇のかかる作業をやっていた時代が懐かしい。しかし、昭和の終わりと共に写植やDTPが普及してくると、あっという間に廃れてしまった。当時活字版の値段は一つ50円~数百円。寝て起きたら財産が全て鉄くずになっていた…そんな感覚だった」と当時を振り返る。

 今回の展示企画は住社長の長男・尚三さんが発案。「今年1月に東京から高山に戻ってきて、社屋の倉庫にある『活版印刷機』やおびただしい量の『活字』を見て心が動いた」と話す。

 「倉庫の活版印刷備品類は、小さいころから見慣れた光景で昔は何の興味も湧かなかった。この職業に就いた今になって見ると、『物差し』の入った空き缶一つとっても全てが面白く興味深い。ほこりだらけの活字などを見ているうちに、『何とかこいつらに日の目を見せてやりたい』と思った」と尚三さん。

 「倉庫に眠っている2台の活版印刷機は今でも動くが、印刷の受注はしていない。特殊な紙はいまだに活版でしか印刷できないことや、活版でしか出せない味があることは分かっているが、現状それを商売にするのはかなり困難。ただ、何か活路はあるような気がしてならない。ロビー展示は今後もずっと続ける予定なので、多くの方に来て見て触れて興味を持っていただければ。そこで何かを感じ取り面白いことを思いついたら、そっと教えてもらえるとうれしい」と笑顔を見せる。

 展示時間は8時30~17時30分。

グローバルフォトニュース