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高山で「日本再発見塾」-公開フォーラムに市民500人、「飛騨高山の価値」考える

村尾信尚さんが司会を務めた公開フォーラムの様子

村尾信尚さんが司会を務めた公開フォーラムの様子

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 高山市内で6月2日・3日、飛騨高山の守るべき景観・文化や暮らしの豊かさとは何かを考えるシンポジウム「第8回 日本再発見塾~これでいいのか、飛騨高山」が開講された。

石切り場の「石切り」作業を見学する再発見塾メンバーら

 当日は、東京財団(東京都港区)の「日本再発見塾 呼び掛け人」から、河村晴久さん(能楽師)、隈研吾さん(建築家)、近藤誠一さん(文化庁長官)、佐川旭さん(建築家)、塩野米松さん(作家)、野﨑洋光さん(料理人)、挾土秀平さん(左官職人)、藤原誠太さん(養蜂家)、エバレット・ブラウンさん(epa通信日本支局長)、黛まどかさん(俳人)らメンバー10人のほか、俳優の辰巳琢郎さん、過去の開催地からの代表者、学生実行委員など合わせて28人が参加した。

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 同塾メンバーらは2日、高山市郊外にある「明治時代からの民家を守りながら暮らしを続ける個人宅」や、「かつては飛騨中の建設工事に使われていたという砂岩を取り扱う、飛騨で現在唯一の採石業者」などを視察し、現場を粛々と支える人々の話に耳を傾けた。続いて、高山市中心部にある観光スポットの古い町並みかいわいを歩いた後、飛騨の景観について地元民との意見交換会を行った。

 翌3日、同塾は前日の町歩きを踏まえ、呼び掛け人メンバーらに国島芳明高山市長と岡田贊三実行委員長を加えた公開フォーラムを3部構成で開き、会場には約500人の聴衆が訪れた。第1部と第2部の司会進行は、高山出身のニュースキャスター・村尾信尚さんが務めた。

 「このフォーラムが終わった後に『これでいいのか、飛騨高山』組と『これでいいのだ、飛騨高山』組に分かれて、高山をよくしようという議論が巻き起こるようなきっかけになれば」と村尾さん。

 フォーラムの中で、能楽師の河村さんは「伝統文化は変わり続けないと存在できない。しかし、『方向性』だけは絶対に変えてはいけない。方向性を知っていて、必要ないと判断することは仕方がない。しかし『知らずに滅ぶ』、これが一番残念なこと。知った上で判断する事が一番大切だと思っている」と話した。

 ほかにも、「『地元住民と観光客』『文化と経済』という対立構図でなく、そこから一つ超えた、両者が成立するような具体的なプランを、どう模索していくのか」といったテーマで、パネリストからさまざまな意見が提案された。

 シンポジウムを振り返り、高山開催のきっかけを作った呼び掛け人の挾土秀平さんは「本来この問題は、自分の町なんだから、自分たち住んでいる人間が考えるべきこと。しかし、普段忙しい一流の著名人たちが時間をつぶしてノーギャラでこれだけ集まって、高山のことを思って屈託のない意見を格好つけずに話してくれたというのが、そのまま高山の価値なんじゃないかと思う」と話した。

 呼び掛け人代表の黛さんは「私たちは、高山が高山だけのものだと思っていない。日本の高山だと思っているし、ひいては世界に向けて日本が誇れるものだと思っている。日本には素晴らしい『型』がたくさんあるが、高山の暮らしの『型』は何だろうと、地元の人々が確認し合って実行に移せば良い結果につながるのでは」と話した。

 岡田実行委員長は「終わったというよりは始まったという思い。これから本気でやってかなくてはいけないという、ずしっとした決意というか覚悟のようなものを今感じている。ただ、会場に同じ問題を共有できる仲間が500人もいたということは、大きな勇気につながる」と話した。